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中学一年の夏のことである。
ホームルームの時間を利用して、毎年行われているクラス対抗水泳大会の出
場選手を決めることになった。
その頃すでに、所謂不良の部類に属していた僕は、学校の授業をまともに受け
ていなかったので、自分がクラスの中でどの程度泳ぎが早いのか全くわからな
かったが、僕の頭の中で水泳大会=目立つ、目立つ=最終種目のリレー、リレ
ー=アンカー、アンカー=カッコイイ、カッコイイ=女子にモテモテ、それに
僕はスポーツ万能と自負していたこともありリレーの選手に立候補したのであ
る。
僕のクラスには目立った奴(悪い意味で)はあまりいなかったので、リレー
のアンカーをやりたいという僕に対して文句を言う者もおらず、すんなりと僕
がアンカーを勤めることが決まったのだった。
正直に言うと平泳ぎは大得意だったが、クロールというのはほとんどやった
ことが無く自分でもどの程度泳げるのかさっぱり検討も付かなかったので多少
心配もしたが、それよりも僕の頭の中にはある映像が浮かんでいたのだ。
大会本番、ぼくのクラスは八クラス中四位でアンカーである僕の所へ戻って
くる。 そして僕が飛び込み、前を行く二人をごぼう抜きし最後の一人にタッ
チの差で勝ち優勝する。(もちろん最後の五メートルはスローモーションであ
る)プールサイドは拍手喝采、クラスの女子は涙を流し抱き合う、さらに他の
クラスの女子もその光景に感動し拍手を送る。
そして僕は学年一のモテモテ男という、何とも自分勝手ではあるが素晴らしく
感動的なシナリオが出来ていたのだ。
それからというもの、ぼくは本番当日まで、何をしていてもその素晴らしく
感動的な妄想に浸り、頭の中で超ウルトラ・スーパーモテモテ学園生活を送っ
ていたのだった。本番当日までは・・・。
そして遂に妄想が現実になるはずのクラス対抗水泳大会の日がやってきた。
プールサイドにはそれぞれ自分のクラスの選手を応援する女子の可愛らしい
黄色い声援と、男子の汚らしい声援とが入り交じり異常な盛り上がりを見せて
いた。 そんな異常な盛り上がりの中、僕は一人冷静にあの素晴らしく感動的
なモテモテ学園生活の妄想に耽っていたのだ。
(不純だと思われるかもしれないが、スポーツをやるうえにおいて、これは立
派なイメージトレーニングだと僕は思っている。その当時はただ単に女の子に
モテたかっただけなのだが。)
そして水泳大会は僕の出場しない下らない競技が全て終わり、(競技が下ら
ないのではなく、自分が出場していないので下らないのだ。)残るは大会の目
玉、クラス対抗リレーのみとなった。
選手紹介のアナウンスが流れ、場内の盛り上がりも最高潮に達し興奮の坩堝
と化していた。
それまで妄想のお陰でほとんど緊張していなかった僕だったが、ここに来て
急に自分はクロールがあまり得意では無いことを思い出し、緊張し始めてきた
ので、もう一度あの超感動的モテモテ妄想に頭を切り換えることにした。 そ
して自分の前を泳いでいる他のクラスの選手を抜き去る映像を思い描き、「ご
ぼう抜き、ごぼう抜き」と何度も何度も呟いていた。
「位置について〜、ヨォ〜イ、スタート」
ピストルの音と同時に第一泳者八人が一斉に飛び込み、プールサイドからは悲
鳴にも似た声援が飛び交った。
ほとんど差はなかったが僕のクラスがトップ。 第二泳者も身体半分くらい
差を付けトップ。 その後は抜きつ抜かれつの攻防戦が続き、遂に第七泳者ま
で来た。
第七泳者は水泳部の人間で、後に半漁人というあまり名誉とは言えないが、
水泳部にとってはかなり名誉?な渾名を付けられる程早かった。(ちなみに顔
も半漁人のような顔をしていた。)
その半漁人は三位からスタートしてアンカーである僕とタッチするときには
二位と1.5メートルくらい差を付けてトップになっていた。
そう、僕の描いていたシナリオを半漁人が演じてしまったのだ。
「この野郎!」っとも思ったが、はっきり言って自分の泳ぎに今一自信を無
くしかけていたので、多少シナリオは変わってしまったけれど、これで優勝は
間違えないし、奴は半漁人、女の子にモテる筈がない。 したがって僕がモテ
モテヒーローになる事に変わりない。そう想い改め、よりいっそうテンション
を上げたのだ。
そして半漁人のタッチと同時に僕は勢いよく飛び込んだ。
手の指先から爪先までピンと伸び、甲を描いて水面へと突き刺さった。
その美しさに、それを見た者はきっと僕の姿にイルカを見たに違いないと、
そのほんの一瞬の間に僕は自分で自分に感動していた。
「キマッタぜっ!!」っと思った瞬間である。 それまでの大歓声が一瞬し〜
んとなり、次の瞬間プールサイドに大爆笑が起こった。っと同時に僕の下半身
に違和感が走った。
ぼくはモテモテ妄想に浸るあまり、海パン(水泳パンツ)の紐を結び忘れて
しまっていたのだ。
半ケツ状態になってしまった僕はどうしたらいいのか気が動転してしまい、
その場に足を付いて直ぐに海パンを上げれば良かったものを、たかだか25メ
ートルを泳ぐのに途中で足を付いてしまう程カッコ悪い事はないと思い、何故
か僕は泳ぐのを止めその場にプカ〜ンと浮かび、日焼けしていない真っ白なプ
リンプリンのお尻だけを水面からだし、浮かんだまま足をつかずに両手で海パ
ンをづり上げたのだ。(その姿をどう表現したいらいいのか自分でもよく判ら
ないが、敢えて表現するしたら、水面でもがき苦しむ尺取虫と言ったところで
あろう。)結局途中で足を付くよりももっとカッコ悪い姿をさらしてしまった
のだ。
それでも僕はなんとか早くゴールしなければという責任感と、あまりの恥ず
かしさから、海パンの紐を結ぶという普段なら何でもない当たり前の行為も思
い付かず、何泳ぎと言えばいいのか、左手で海パンを掴みバタ足と右手だけで
溺れそうになりながらも、大爆笑の渦の中ゴールまで泳ぎ切りなんとか三位で
ゴールしたのだ。
着替えを済ませ教室に戻る途中、僕はどんな顔をして教室に入ろうか悩んで
いた。 そこへいつもの不良仲間がやって来て、「最っ高!久々にあんなに笑
ったよ」とか「ナイス!ギャグ!」などと言ってからかってきた。しかし彼等
の言葉には同情と励ましも感じられたので、腹が立つと言うよりは逆に嬉しく
、僕も「ウケた?やっぱあそこで背泳ぎをした方が面白かったかなぁ〜。」
などと言って調子を合わせたのだ。
仲間達のお陰で落ち込んでいた気分も少し晴れ、あの事を笑う者がいたら、
あれはわざとギャグでやったことにしてしまおうと心に決め、勇気を振り絞っ
て教室のドアを開けた。
すると、途中まで優勝を確信していたのに僕のせいで優勝出来なかった怒り
と、水面でもがき苦しむ尺取虫を思い出して、笑いたいのだけれど笑ったら最
後、僕にぶっ飛ばされるのではないかという恐怖とで、クラス中が何処か余所
余所しい雰囲気に包まれていて誰も僕に話し掛けてこなかった。
そんな余所余所しい雰囲気の中、自分からあれはギャグだったとはとても言
い辛く、どうすればいいんだと思い悩んでいたところに、僕が密かに想いを寄
せていたY子が笑顔でやって来た。 そしてY子は僕の肩をポンポンと叩き、
「ねぇねぇ、さっき半分お尻出てたよぉ〜」と可愛らしい笑顔で言った。
僕は心の中で、「その言葉待ってました!」さすがこの俺が片思いしている
女だけあって、さっきの不良仲間と同じく僕の気持ちを察してくれたに違いな
いと思い、すかさず「ウケた?」と言おうとした。
それなのに次の瞬間である。
「うるせー不細工!ぶっ飛ばすぞこの野郎!!・・・・」
全く心にもないとんでも無い事を僕は叫んでしまっていたのだ。
そしてその瞬間、英雄になる筈の水泳大会と淡い恋と短い夏が終わった。
と同時に超モテモテ学園生活も夢となって儚く消えたのだ。
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